カテゴリ: お能のステキ!を伝えたい


秋になると、
お能の舞台が増える。



役者の方々のあいだでは
この時期のことを、
繁忙期ならぬ

繁能期

って
言うんだそうです♪( ´▽`)



先週は、
わたしもお舞台2つ。



一つは、
毎年9/21に
西宮市の越木岩神社で行われている
薪能(演目は『鞍馬天狗』 半能でしたが)。














9/25は
京都、金剛能楽堂にて
お師匠がシテ(主役)をつとめる
『黒塚』。







お稽古入門してから
早4ヶ月。



思ってた以上に、
わたしはこの世界が
好きらしくて、



お稽古の日が
待ち遠しくて仕方ありません。
 


この前は、
自宅で
早朝に謡の練習してたら、
夫に


「犬の遠吠え聞こえると思ったら
奥さんだった」


言われましたけどねっΣ(゚д゚lll)


気にしません 笑



もはや、
朝ランするときも
BGMは
お師匠の謡とか
お囃子でございます♪( ´▽`)。






話は変わりまして、
最近の
おもしろ不思議話を
一つ。



先日から


「瀬織津姫(セオリツヒメ)」


というワードが、


何度となく
夢やふとした時に
出てきていて、


瀬織津姫の化身と言われる
黒アゲハも
よく見ていたのだけど、



西宮薪能の会場が、
なんと
瀬織津姫にご縁のある
越木岩神社だったのでした。






瀬織津姫は、
ホツマツタエという
縄文時代の歴史書のなかでは
天照大神の妃として
描かれています。



ホツマツタエには、
あたり前のように
バンバン登場しますが、


なぜか
古事記や日本書記など、
表舞台には
出てこない(こさせられない?)
お姫さま。







まあ、
ホツマツタエにしても
瀬織津姫にしても、


陰謀論も含め、


いろんな方が
いろんなことを
おっしゃってますが、


わたしの感覚で読んだ
ホツマツタエは、


あたたかくて、やさしくて、

じぶんの中の
日本人の根元的なものに
すーっとアクセスできる感じ。


(古事記は、もっと遠くて鋭い印象で、
そこまでは感じられなかった)




ホツマツタエの、
最初に出てくる廣田神社。読み始めて真っ先に行きましたが、すごーくいい気が流れていてホッとする大好きな神社。ここも瀬織津姫とご縁が深い神社。



まだ、
一回しか読んだだけなので、


また、
ていねいに読み返してみたいと
おもってます。



で、


瀬織津姫がよく出てくるのです、
という話を、
facebookでつぶやいたところ、



大好きな写真家の
赤阪さんが
瀬織津姫にお詳しくて、
コメントを下さったり、


これまた、
去年思い立って訪ねて行った
福岡・糸島の
大好きなお店の店主さんも


なんと、


『瀬織津姫というワードが
出てくるのだけど、
どなたか存じ上げません』


コメント下さったり。
 


コメントいただいたとき、


糸島という土地自体も、
糸島に思い立って行ったことも、


こりゃ、
瀬織津姫と
つながりがあるなって
ピンときましたが、


今はあえて意図的に
ほじくり返さずにいたいなーと
思います。



この世で
じぶんの経験すること、
出逢うもの、人は、
 

偶然ではなく、


一つとして例外なく、
すべて
なにかのメッセージを含んでいて


じぶん自身が映し出されて
いるもの(と思っています)、


今後
どう展開していくのかが
楽しみです。



いろんな点が
線になっていくのは、
なんともいえない
ワクワク感がありますね。



明日は、
赤阪さんの写真展だー!



いろいろ、
お話聴けそうで楽しみです。





糸島、海から櫻井神社へつながる鳥居






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昨日は、
京都・金剛能楽堂にて、


わたしのお能のお師匠
宇髙竜成先生主催、


若手能楽師の方々による、

のうがくワークショップ、


その後、


お弟子さんたちによる発表会で、
仕舞、お能を観てまいりました。



ワークショップは、

最後の夏休みの週末の
ちびっこたち、
お能初めての大人たちも
たくさんでしたが、


竜成先生の、
わかりやすくて
ユーモア交えながらのお話を
聴いたり、


謡を一緒に謡ったり、
装束の一部を手に取って
鑑賞できたりと 盛りだくさん、


楽しくて賑々しい
ひとときでした。























敷居の高いと思われがちな
伝統芸能・お能が、


こんなカタチで、
少しずつ広がっていくのは
すごくうれしい。



最初の入り口の
タイミング とか、
だれにナビゲートしてもらうのか、


って すごくだいじだと
改めて。





わたしも、
もっともっと、


わたし目線で感じる
お能のステキさを
伝えていけたらいいなと思います。




昨日の お能は

「枕慈童(まくらじどう) 」

でした。



9月9日の重陽の節句って
ありますよね。


不老長寿のシンボル 菊を
用いるため、

菊の節句とも言われていますが、
その元となったお話です。



この日は、
お能のシテ(お面をつけて主役を演じる人)を務める予定だった
お弟子さんが、


リハーサル中に
怪我をされるという
アクシデントがあり、


代役はなんと!宇髙先生


わたしにとっては、
おもいがけず 初めて観る
先生のお舞台となりました。



枕慈童は、
シテは、布で覆われた中から
座っての登場となるのですが、


その瞬間、
佇まいがあまりにも美しくて
涙してしまいました。



ただ座ってるだけなのに
(←なんて書くと怒られてしまう)、


表情も見えないのに
(表現が稚拙だな(−_−;))


慈童の想いというのか、

宇髙先生のエネルギーというのか、

びしびしと伝わってきました。



ほんとうは、
ただ座っているなんてことは
もちろんなく、


お能では、


静止していたり、
静かな動きであればあるほど、
そこに込める動のエネルギー
要なのですよね。



わたしが好きな漫画の
ワンシーンにに出てくる
このセリフ






「ただ立つんじゃない、
全速力で止まっている」


ってこんな感じなのかも、
と思いました。



舞台は撮影OKでしたが、


一瞬一瞬を
味わいつくしたくて、


スマホでカシャカシャするのが
もったいなくて、


画像はナシ。



京都御所に立ち寄り、
余韻を味わいました。






行くと
いつも何かしら
不思議なことが起こる
御所。



こんな空や、






こんな画像も撮れました。
小人が頭の上に 笑↓




舞台からも、
自然界からも、

エネルギーをたっぷり
いただいたので、


また今日から、
制作がんばります。   







こちらは、名刺デザインのラフ画。


お客様、
別のデザインに決められたので、
採用にはいたらなかったもの。



わたし自身が
とても気に入っているので、
なにかに使えたらと
思っています。



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能稽古場の入口の
着物ディスプレイ。



一か月ごとに替わるので、
なかなかの 楽しみです。



昨日は、
月二回のお稽古デー。






いまは、

お謡(おうたい)は、

猩々(しょうじょう)


お仕舞は、

老松(おいまつ)


という曲を習っている。


昨日は、
これまでにない
猛特訓だった



師匠の謡を聞き
→一緒に謡う
→一人で謳う


一緒に舞う→
一人で舞う


を繰り返し、
繰り返し。



失敗、失敗、

ちょっとできたと思ったら、

また失敗。


じぶんの思うようにはいかず、
失敗だらけ。



でも、
とにかく 
必死で ついていって。



あっという間の
一時間半。





ここまで
失敗を繰り返し、

ダメだしされること、
指摘されることって、


仕事でもふだんの生活でも
なかなか ないのだけど、


ふしぎと
凹むこともなく、
(凹んでいるヒマがないと
言った方が正確かも)


とにかく
できるようになりたい
気持ちの方が大きくて


ただ ただ 
トライ&エラー。







お稽古後の、

師匠の

「今日は がんばりましたね」

という
野村萬斎さんのような声 での
ことばが、


わたしの ごほうび (° ꈊ °)✧˖°オホッ!


今朝も、
しっかりと こだましている。



昨夜は、
深い眠りだったようで、
ぐっすり。


時間はふだんとかわらないのに
熟睡感たっぷりで、

なんとも心地よい
目覚めだった。



カラダもココロも、

洗濯したてのような
気持ちよさ。






お能によって、

わたしのねじ曲がった
カラダとココロを
カラダ側から整えてもらっていると、
感じる。



これもまた、

わたしが届けたい
花のいろアートの
大切なエネルギーの源。






お稽古に行くたび、
舞台を観るたび、


始めてよかったなという
思いが強化されてゆく。



素晴らしい師匠との出会い、
通えているというこの環境に
感謝。



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お能は、
観るのも
やる(お稽古する)のも
学ぶのも楽しくて

楽しい、には、'わからないながらも
無我夢中'も含んでます


どんどん のめりこんでいる
わたしですが、


教えや視点の斬新さ(?)に
へぇ〜そうなんだ、なるほど、
と、思わされること
しばしばで。



そこが、
また おもしろいところ
なのであります。






今日はその中で、

みなさん、だれもが知っている


「初心忘るべからず」


ということばについて
書いてみたいと思います。



わたしね、
このことばの意味を
違うふうに解釈してたんです。
 

「初心忘るべからず」

初めてなにかに取り組んだときの
新鮮な気持ちを忘れないように


という意味だと思ってた。


よく

「もう一度初心に返ってがんばろう」

な〜んて使ってましたしね。



同じように思っている人、
使ってる人、じつは
多いんじゃないかしらんとも
想像していますが、
みなさんは、いかがですか?



このことばは、もともとは
能を大成し、風姿花伝を書いた
世阿弥のことばで、

花鏡 のなかには
下記のように出てきます。





「初心忘るべからず

この句、三ヶ条の口伝あり。

是非の初心を忘るべからず。

時々の初心を忘るべからず。

老後の初心を忘るべからず。」



世阿弥の言う「初心」とは、
技量の未熟さ、失敗を指していて


それは、
若いときに限らず常にあるもので、
芸が熟達した老後になった時でも
未熟さはあるということ。



若いときには若いときの、
老いたときには老いたときの、
芸を磨いていくなかで、


その時々に
初めての、段階ごとの
課題=未熟さ=初心がある


ということなんですね





以下、
観世流能楽師 観世清和氏の
ことばより。


「現在の自分の芸の位を見失わないようにするためにも、初心を忘れないように心がけることが重要だと世阿弥は説いています。

若い者は、まだ初心の程度に過ぎないことを自覚すべきであり、老後に至っても、学ぶべきことはある。初心を、つまりおのれの未熟の自覚を忘れ、そこに安住すれば、もはや芸は一歩も上達しないと、慢心を強く戒めます...

『初心』を忘れるということは、もはや自分を高める動機を感じなくなるということです」



世阿弥さん、
ちょい厳し〜よ〜
と思ってしまいますが、


いくつになっても、

我が身を振り返りながら
自分を高めていくこと

向上心を持って学ぶこと

ができるんだと思えば、


とてつもない 
希望のことばのように
感じられてきます。





月二回、味方健先生から学んでいます。




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花のいろアーティスト♡Rika




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